次の大祭は2030年(平成42年4月)に開催となります。
今のところ当時の式年祭を彷彿とさせるような写真や絵などの資料は見つかっていません。
引き続き地域の皆様に働きかけて資料を集めなきゃね。
当時の行列順
1.箒持ち 1人
2. 鉄丈 2人
3.大中老 25人
4.大榊 2人
5.道祖神 1人
6.社旗 1人
7.警護在郷軍人 25人
8.鰭旗 2人
9.榊 1人
10.神職 1人
総勢 748人
11.五色絹 2人
12.太鼓 2人
13.神楽 2人
14.八乙女 163人
15.太鼓 1人
16.神楽 2人
17.釼鉾 2人
18.金弊 1人
19.銀弊 1人
20.花筐籠餅 2人
21.錦旗 4人
22.太刀 2人
23.唐櫃 2人
24.御神馬
25.鰭旗
2人
26.神職
2人
27.神職
1人
28.紫翳
2人
29.神輿 23人
30.呉床
2人
31.鰭旗 2人
32.社司
33.神職 2人
34.警護在郷軍30人
35.氏子総代 5人
36.評議員 5人
37.町会議員 3人
38.各係員 73人39.来賓 5人40.各町供奉者
339人
明治の1350年祭は盛大に行われた様子が描かれています。
粟田部の名称は男大迹の王(おおとのおう)から来ていると信じられており、御所があり目子媛と居住し、安閑・宣化両天皇の誕生地であり、岡太神社は大王の勧請、薄墨桜はお手植えであると強く信じられてきました。 また、古来より敬神思想が篤く、春秋の祭典神事も全て男大迹の王の歴史的に由緒ある吉日に行われているのは他になく類い稀であります。
「蓬莱祀」・「迹王の餅」の神事は村人が男大迹の王に対する表敬と報恩の精神が最も具体化したものです。
また、粟田部では50年毎に天皇の式年祭を行っています。 総勢 凡 1000人
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